名古屋サルサ歴史館
ありあわせ


東海サルサ歴史館第6回は、伝説の?!ラテンバンド「ありあわせ」

☆あやしいラテンバンド、オープンハウスに登場!

あれは、我がCDが初ステージをふんだかどうかの頃。
当時のカンタンテ、アルベルトが「オープンハウスに怪しいラテンバンドが出 ていたらしい」との情報を持ってきた。正体は良くわからないが、ラテンの編 成で、日本語の歌であったらしい。当時、我々CDはメンバ募集に、恐れ多くも 「東海地区唯一のサルサバンド」と公言していただけに、別なサルサバンドが 発生していたことに、驚き、またうれしくもあった。
「これは是非見に行かねばなるまい」と思ったのであるが、それ以降、そのバ ンドのことはさっぱりわからなかった。今思い起こすにそれがどうやら、「あ りあわせ」またはその前身のバンドのようだが、今となっては定かではない。 (関係者に取材をしてから書けば良いのだが、すみませんねぇ。何時も思いつ きで書き始めてしまうもので....もし当時のことがわかればお教え下さい)

☆日本語サルサの草分け?ありあわせ

結局私がありあわせのステージを見たのは、いつだったかのディアマンテス@ クアトロのオープニング・アクトだったと思う。定かではないのですいません。 >関係者の皆様。その後も都合2回ぐらい、クアトロでお目にかかった記憶があ る。90年代の前半で我がCDは冬の時代にあったころと思う。
ホーンセクションはTpにTb、Saxはアルトにテナーの両方がいたように記憶し ている。このTbが現Dos Quiseosのすどうさんで、フロントでTbを吹き、また、 cantaでもあった。ベースが我がCDにとってもなくてはならない!マエストロ野 村さん、Quiseosの尾関さんもいらっしゃった。
サウンドはウィリー・コローンをもっと怪しくして、日本語をのせたような、 といってわかる人は結構古い人だが、ともかく、不思議な雰囲気をもっていた。 明かに我々CDとは違った人脈で成り立っているバンドであった。
なお、日本語サルサは当時、デルソル、チカブンが取り組んでいた。

その後、しばらくお目にかかることはなく、次にお目にかかったのは、96年の 横山達治先生Percクリニック。この時に野村さんにお会いした。残念なことに 既に、「ありあわせ」としては活動しておられなかった模様である。
そして、97年の半田Deラテンでの野村さん+尾関さんのルンバデュオ出演へつ ながるわけである。

(レロライ〜名古屋サルサ通信〜 0006 2000/10/20から)

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